空色の小瓶1
過去の繁栄に蔦が巻く。
見上げる空の多くは、灰色の外壁である。
古びた建物は、空にありながら飛んでおらず、生えている。
現にある空も白く濁り、色彩の変化を失っている。
そんな町の端っこを男は行きつけのラーメン屋へと向かう。
暖簾をくぐり、油でべとつく赤い丸いすに座ると到頭に、
「なあ、ばばあ、空色の小瓶の話を知ってるか」
「なんだい、なんかの調味料かい」
「ちげええよ。この店にある訳わかんねえ油使って黒ずんだマヨネーズとは訳がちがうんだ」
「冷やかしなら、帰んな」
店主は一度持ち上げた腰を下ろし、またテレビを見はじめた。
男は顔をニヤつかせ、醤油のビンを手に取った。
「この位のビンでよ、中には空が入ってんだ」
店主はシワの深いまぶたの下から鋭い眼光をのぞかせた。
「なあ、馬鹿にしてるわけじゃねえ。昔の空さ。あんたらの世代が見てた、な」
きゅりきゅり、と息苦しく換気扇が回る。湯気が吸い込まれる。
「そんなものがあるなら、役所は血眼になって探してるだろうさ」と言うそばから、ニュースが入った。
空が詰まったビンが紛失したとのニュースだった。
国が秘密裏に保管していたそれを、何者かが盗み去ったというのである。
店主は大きく目を見開かせ、男を見た。
「国が隠してたのよ。さっさと開けちまえばよかったものを。でも、開けられなかったのさ。なぜだと思う?」
男はカウンターごしに店主のほうへと身を乗り出した。
「怖かったのさ。中に空が入ってなかった場合が、よ」
【空色の小瓶1】